雄勝梅花硯

おがつばいかけん
     

古玩文具の魅力⑥
雄勝硯は、宮城県石巻市雄勝町より産出され、玄昌石(げんしょうせき)とも呼ばれます。石色は黒色で光沢のある硬質粘板岩から彫り上げられたものです。雄勝石の歴史は古く、奥州・伊達藩お抱えの硯匠であった奥田家の古文書「硯匠奥田家家系図」に拠ると、江戸時代・元和年間(1615~24)に伊達政宗(だてまさむね)に雄勝硯が献上されたという記載が遺っています。また木内石亭(きのうちせきてい)(鉱物学者)の『雲根志(うんこんし)』(安永2年~享和元年版)には、「奥州オガチの海中に硯石あり。名品なり。これも3月3日大潮引の時、海底に沈みて採り来たるという。」とあることから、江戸時代には既に著名であったことが分かります。
近現代になると、昭和36 年(1961)刊の『産業新風土記』に、全国の90%を生産し、当時年間300 万個を生産していたとあり、雄勝町は、日本の硯の第一の生産地でした。しかしながら、去る2011 年3 月11 日、東日本大震災による津波で、硯工房は大打撃を受け
ました。あれから7年が経ち、大きな被害を受けた街も、少しずつ復興の道を歩んでいるそうです。
観峰館が所蔵する雄勝硯は、現代に制作された比較的大型のもので、硯縁(けんえん)上部には梅花が刻まれています。(教師月報 2018年9月号)

                                           
作品名雄勝梅花硯
ふりがなおがつばいかけん
作者不詳
国名日本
制作年現代
寸法縦39.8×横24.4×高さ3.6cm
目録番号YJ-000

古玩文具の魅力⑥
雄勝硯は、宮城県石巻市雄勝町より産出され、玄昌石(げんしょうせき)とも呼ばれます。石色は黒色で光沢のある硬質粘板岩から彫り上げられたものです。雄勝石の歴史は古く、奥州・伊達藩お抱えの硯匠であった奥田家の古文書「硯匠奥田家家系図」に拠ると、江戸時代・元和年間(1615~24)に伊達政宗(だてまさむね)に雄勝硯が献上されたという記載が遺っています。また木内石亭(きのうちせきてい)(鉱物学者)の『雲根志(うんこんし)』(安永2年~享和元年版)には、「奥州オガチの海中に硯石あり。名品なり。これも3月3日大潮引の時、海底に沈みて採り来たるという。」とあることから、江戸時代には既に著名であったことが分かります。
近現代になると、昭和36 年(1961)刊の『産業新風土記』に、全国の90%を生産し、当時年間300 万個を生産していたとあり、雄勝町は、日本の硯の第一の生産地でした。しかしながら、去る2011 年3 月11 日、東日本大震災による津波で、硯工房は大打撃を受け
ました。あれから7年が経ち、大きな被害を受けた街も、少しずつ復興の道を歩んでいるそうです。
観峰館が所蔵する雄勝硯は、現代に制作された比較的大型のもので、硯縁(けんえん)上部には梅花が刻まれています。(教師月報 2018年9月号)

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