草書臨王羲之成都城池・朱処仁帖軸

そうしょりんおうぎしせいとじょうち・しゅしょじんじょうじく
     

全6行に渡って草書が書かれています。それぞれの文字は、大きく傾くことも、全体が不均衡になることもなく、強い安定感を持っています。カスレもほとんどなく、丁寧にゆっくりと、慎重に筆を運んだように感じられます。

字と字の間には一定の間隔があり、上下左右の文字同士が接触することはありません。3行目の中央あたりに2文字の続け書きが2カ所ありますが、ここでも、上下の文字は近づきすぎることなく配置されています。この作品は、カスレが少ない線・安定感のある字形・それぞれの文字が接触しない配置構成によって、紙面全体を静的で落ち着いた雰囲気が支配しています。

これは自作の詩を書いたものではなく、王羲之(303?~361?)の手紙を手本として臨書したものです。では、手本をそっくり書き写しているのかというと、実はそうでもありません。例えば、「曽具」の2字は、手本では繋げて書かれているのですが、臨書では1文字ずつ切り離されています。また「為尓」では、手本は切り離されて書かれていますが、臨書では繋げて書かれています。

これらのことから、手本を忠実に再現することよりも、作者が理想とする「美しい書」を表現することが優先されていると感じられます。おそらく、作者の宋伯魯(1854~1932)が理想としていたのは、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出す書であったのでしょう。王羲之の手紙を臨書した本作には、そのような想いが託されているのかもしれません。(観峰館Facebook 2020年8月16日(日)掲載【観峰館の収蔵品紹介】その4)

 

【参考文献】

根來孝明「宋伯魯の臨書―中華民国初期における王羲之書法の一様相―」『観峰館紀要』第15号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2020年

観峰館紀要 第15号

                                               
作品名草書臨王羲之成都城池・朱処仁帖軸
ふりがなそうしょりんおうぎしせいとじょうち・しゅしょじんじょうじく
作者宋伯魯
国名中国
制作年民国11年(1922)
寸法82.5×41.0cm
目録番号4A-4183
釈文往在都見諸葛顕曽具問蜀中事云 成都城池門屋楼観皆是秦時司馬 錯所修令人遠想概然為爾不信具示朱 処仁今所在往得其書信遂不取答今因 足下答其書可令必達 壬戌春仲書奉 撫萬督軍法教 芝田宋伯魯

全6行に渡って草書が書かれています。それぞれの文字は、大きく傾くことも、全体が不均衡になることもなく、強い安定感を持っています。カスレもほとんどなく、丁寧にゆっくりと、慎重に筆を運んだように感じられます。

字と字の間には一定の間隔があり、上下左右の文字同士が接触することはありません。3行目の中央あたりに2文字の続け書きが2カ所ありますが、ここでも、上下の文字は近づきすぎることなく配置されています。この作品は、カスレが少ない線・安定感のある字形・それぞれの文字が接触しない配置構成によって、紙面全体を静的で落ち着いた雰囲気が支配しています。

これは自作の詩を書いたものではなく、王羲之(303?~361?)の手紙を手本として臨書したものです。では、手本をそっくり書き写しているのかというと、実はそうでもありません。例えば、「曽具」の2字は、手本では繋げて書かれているのですが、臨書では1文字ずつ切り離されています。また「為尓」では、手本は切り離されて書かれていますが、臨書では繋げて書かれています。

これらのことから、手本を忠実に再現することよりも、作者が理想とする「美しい書」を表現することが優先されていると感じられます。おそらく、作者の宋伯魯(1854~1932)が理想としていたのは、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出す書であったのでしょう。王羲之の手紙を臨書した本作には、そのような想いが託されているのかもしれません。(観峰館Facebook 2020年8月16日(日)掲載【観峰館の収蔵品紹介】その4)

 

【参考文献】

根來孝明「宋伯魯の臨書―中華民国初期における王羲之書法の一様相―」『観峰館紀要』第15号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2020年

観峰館紀要 第15号

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