石台孝経

せきだいこうきょう
     

玄宗の「御注孝経」には、開元10年(722)の「開元始注」と、天宝2年(743)の二種がある。この碑は後者を玄宗自ら書して石に刻させ、大学に置いたもので、高い石の上に立てられたため「石台孝経」と呼ばれ、現在西安碑林にある。
碑はほぼ同じ大きさの4面から成り、『金石録』などでは各面を一巻とかぞえ四巻としている。第一面上部に篆書で「大唐開元/天宝聖文/神武皇帝/注孝経台」の題額があり、皇太子・李享(のちの粛宗)の書。本文は隷書で、第一面から三面は18行、行55字(注双行、行110字)、第四面は7行。本文の後は上下二段に分け、上段は李斉古が刻石の完成時に「石台孝経二巻」として上がった表文が楷書で9行、続いて玄宗の批答が大字の草書で3行ある。下段は建碑に参与した諸臣45人の題名を4段に刻す。本文中の「民」、「治」の字は太宗「李世民」、高宗(李冶)の諱を避けて末筆を欠く。
「紀泰山銘」とともに、玄宗の隷書の代表作で、豊肥で柔らかな姿は古隷とはまた異なった味がある。

                                           
作品名石台孝経
ふりがなせきだいこうきょう
作者玄宗
国名中国
制作年唐時代 天宝2年(745)刻
寸法297.4×113.0cm
目録番号拓整ー0048

玄宗の「御注孝経」には、開元10年(722)の「開元始注」と、天宝2年(743)の二種がある。この碑は後者を玄宗自ら書して石に刻させ、大学に置いたもので、高い石の上に立てられたため「石台孝経」と呼ばれ、現在西安碑林にある。
碑はほぼ同じ大きさの4面から成り、『金石録』などでは各面を一巻とかぞえ四巻としている。第一面上部に篆書で「大唐開元/天宝聖文/神武皇帝/注孝経台」の題額があり、皇太子・李享(のちの粛宗)の書。本文は隷書で、第一面から三面は18行、行55字(注双行、行110字)、第四面は7行。本文の後は上下二段に分け、上段は李斉古が刻石の完成時に「石台孝経二巻」として上がった表文が楷書で9行、続いて玄宗の批答が大字の草書で3行ある。下段は建碑に参与した諸臣45人の題名を4段に刻す。本文中の「民」、「治」の字は太宗「李世民」、高宗(李冶)の諱を避けて末筆を欠く。
「紀泰山銘」とともに、玄宗の隷書の代表作で、豊肥で柔らかな姿は古隷とはまた異なった味がある。

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