本作は、中国最古の刻石《石鼓文》を臨書したものです。
《石鼓文》は臼状の石に文字が刻されたもので、唐の貞元年間(785~805)に出土しました。書体は篆書体ですが、秦の始皇帝(前259~前210)が定めた「小篆」よりも古い、「大篆」と呼ばれるものです。
呉昌碩(1844~1927)による臨書作品を見ると、太くカスレを伴う線質が用いられています。落款に「甲寅」とあることから、中華民国3年(1914)、呉昌碩71歳の筆となります。
作者の呉昌碩は清末民国期の書・画・篆刻家です。彼は《石鼓文》を生涯の手本として習い続けたと言われます。晩年の臨書作品は、太くカスレを伴う線で、字形も右肩上がりに改変されたものが多いようです。
本作の字形や線質も、呉昌碩晩年の《石鼓文》臨書に見られる書風を示しています。
作品名 | 篆書臨石鼓文四屏 |
ふりがな | てんしょりんせっこぶんしへい |
作者 | 呉昌碩 |
国名 | 中国 |
制作年 | 民国3年(1914) |
寸法 | 各172.3×46.3cm |
目録番号 | 4A-4296 |
本作は、中国最古の刻石《石鼓文》を臨書したものです。
《石鼓文》は臼状の石に文字が刻されたもので、唐の貞元年間(785~805)に出土しました。書体は篆書体ですが、秦の始皇帝(前259~前210)が定めた「小篆」よりも古い、「大篆」と呼ばれるものです。
呉昌碩(1844~1927)による臨書作品を見ると、太くカスレを伴う線質が用いられています。落款に「甲寅」とあることから、中華民国3年(1914)、呉昌碩71歳の筆となります。
作者の呉昌碩は清末民国期の書・画・篆刻家です。彼は《石鼓文》を生涯の手本として習い続けたと言われます。晩年の臨書作品は、太くカスレを伴う線で、字形も右肩上がりに改変されたものが多いようです。
本作の字形や線質も、呉昌碩晩年の《石鼓文》臨書に見られる書風を示しています。