嘉慶帝の2年(1797)に避暑山荘において詠んだ詩。太上皇になった後も常に怠ることなく政治に関心を持ち、重要な国家行事である軍事訓練(秋獮)が久しく行われていないことを心配し、祖先の遺訓を絶やさぬよう戒めている。
現代語訳:夜の雨も朝には晴れて旅路は順調だ。広仁嶺を越えたので皆の気持ちも弾んできた。山荘での避暑には上皇である私とともに、更に一行にはわが子の皇帝が付き従うことになっている。とは言え我々は決して遊び耽っている訳ではない。いつも晩まで政務に勤しまなければならないのだ。伝統の秋獮(しゅうせん)を久しく取り止めにしているのが気がかりである。先祖の教えを蔑ろにすることはできないぞ。避暑山荘にて作る。丁巳の年の夏。御筆
作品名 | 乾隆御製詩扁額 |
ふりがな | けんりゅうぎょせいしへんがく |
作者 | 乾隆帝 |
国名 | 中国 |
制作年 | 清時代中期 乾隆年間(1736~1795) |
寸法 | 97.0×292.0×1.2cm |
目録番号 | CK-0124 |
釈文 | 夜雨朝晴行路 宜広仁嶺過衆 情怡山荘避暑 上皇合御騎習 労子帝随詎為 耽吟智仁楽毎 勤示政旰宵為 更思秋獮多年 罷 家法縄承莫怠之 至避暑山荘 作 丁巳夏月上瀚 御筆 |
嘉慶帝の2年(1797)に避暑山荘において詠んだ詩。太上皇になった後も常に怠ることなく政治に関心を持ち、重要な国家行事である軍事訓練(秋獮)が久しく行われていないことを心配し、祖先の遺訓を絶やさぬよう戒めている。
現代語訳:夜の雨も朝には晴れて旅路は順調だ。広仁嶺を越えたので皆の気持ちも弾んできた。山荘での避暑には上皇である私とともに、更に一行にはわが子の皇帝が付き従うことになっている。とは言え我々は決して遊び耽っている訳ではない。いつも晩まで政務に勤しまなければならないのだ。伝統の秋獮(しゅうせん)を久しく取り止めにしているのが気がかりである。先祖の教えを蔑ろにすることはできないぞ。避暑山荘にて作る。丁巳の年の夏。御筆