新百人一首色紙貼付屏風

しんひゃくにんいっしゅしきしはりつけびょうぶ
     

「新百人一首」は、室町幕府第九代将軍・足利義尚撰とする私撰和歌集で、文明15年(1483)10月24日、三条西実隆が足利義尚のもとで見ており、この日迄に少なくともその原型が存在していたとされる。その内容は、藤原定家撰「小倉百人一首」に漏れた著名な歌人の歌を、各和歌集から百首選定したものである。
この作品は、一隻の屏風に、「新百人一首」の和歌と歌人の肖像が描かれた色紙四十八枚が貼り付けられたもので、いわゆる「歌仙絵」の流れに属するものである。「三十六歌仙」や「百人一首」を題材とする画帖・屏風の類は枚挙に遑がないが、「新百人一首」を題材としかつ肖像を有するものは大変稀少である。
その和歌及び肖像は、いわゆる「明暦三年刊本」の肖像を参照したものと考えられる。但し、「明暦三年刊本」の忠実な写しではなく、肖像の仕草や和歌の散らし書きなどを参照している部分はあるが、表情の描写は丁寧且つ上品に描かれており、衣紋の線は金で表現されるなどの趣向が凝らされている。
本来であれば、100首の「新百人一首」が、この作品には48首しかないため、対となる屏風あるいは折帖の存在が想起される。

【参考文献】
岸田早苗「新百人一首画帖について」(『研究紀要』第6号、斎宮歴史博物館、1997年)
武井和人「『新百人一首』成立攷・続貂」(『國學院雑誌』第114巻11号、國學院大學、2013年)
武井和人・坪子和美「異本『新百人一首』釈文 附簡校・解題」(『日本アジア研究』第11号、埼玉大学大学院人文社会科学研究科、2014年)
寺前公基「観峰館所蔵「新百人一首色紙貼付屏風」について―「近世」歌仙絵の一例―」(『観峰館紀要』第14号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2019年)

観峰館紀要 第14号

                                               
作品名新百人一首色紙貼付屏風
ふりがなしんひゃくにんいっしゅしきしはりつけびょうぶ
作者不詳
国名日本
制作年江戸中期~後期
寸法各色紙;縦22・6×横17・4cm、表装;縦105・8×横264・0cm
目録番号日-屏-101
釈文(釈文は、【参考文献】寺前論文を参照)

「新百人一首」は、室町幕府第九代将軍・足利義尚撰とする私撰和歌集で、文明15年(1483)10月24日、三条西実隆が足利義尚のもとで見ており、この日迄に少なくともその原型が存在していたとされる。その内容は、藤原定家撰「小倉百人一首」に漏れた著名な歌人の歌を、各和歌集から百首選定したものである。
この作品は、一隻の屏風に、「新百人一首」の和歌と歌人の肖像が描かれた色紙四十八枚が貼り付けられたもので、いわゆる「歌仙絵」の流れに属するものである。「三十六歌仙」や「百人一首」を題材とする画帖・屏風の類は枚挙に遑がないが、「新百人一首」を題材としかつ肖像を有するものは大変稀少である。
その和歌及び肖像は、いわゆる「明暦三年刊本」の肖像を参照したものと考えられる。但し、「明暦三年刊本」の忠実な写しではなく、肖像の仕草や和歌の散らし書きなどを参照している部分はあるが、表情の描写は丁寧且つ上品に描かれており、衣紋の線は金で表現されるなどの趣向が凝らされている。
本来であれば、100首の「新百人一首」が、この作品には48首しかないため、対となる屏風あるいは折帖の存在が想起される。

【参考文献】
岸田早苗「新百人一首画帖について」(『研究紀要』第6号、斎宮歴史博物館、1997年)
武井和人「『新百人一首』成立攷・続貂」(『國學院雑誌』第114巻11号、國學院大學、2013年)
武井和人・坪子和美「異本『新百人一首』釈文 附簡校・解題」(『日本アジア研究』第11号、埼玉大学大学院人文社会科学研究科、2014年)
寺前公基「観峰館所蔵「新百人一首色紙貼付屏風」について―「近世」歌仙絵の一例―」(『観峰館紀要』第14号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2019年)

観峰館紀要 第14号

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