行書張志和漁歌子詞軸

ぎょうしょちょうしわぎょかししじく
     

張志和(730?~810?)は唐代の道士であり詩人です。最初官途に就きましたが、左遷の憂き目に合ったことから官を辞し、在野で隠棲しました。彼は自らを「煙波釣徒」と称し、餌をつけない釣り糸を垂らしたといわれています。おそらく自由や隠遁の象徴である漁師に自身をなぞらえたのでしょう。粛宗皇帝(711~762)はそんな彼に使用人として男女各一人を与えたそうです。また、「煙波釣徒」という言葉は、隠遁者を表す意味で使われ続けています。

銭崇威(1870~1969 )作「張志和漁歌子詞行書軸」は、まさしく張志和の「煙波釣徒」としての生き様を詠った詞である「漁歌子」を揮毫した作品です。「桃の花」と「漁師」の組み合わせは「桃源郷」を彷彿させます。

 

                                               
作品名行書張志和漁歌子詞軸
ふりがなぎょうしょちょうしわぎょかししじく
作者銭崇威
国名中国
制作年民国32年(1943)
寸法137.3×33.4cm
目録番号5A-0210
釈文西塞山前白鷺飛桃花流水鱖魚肥 青篛笠綠簑衣斜風細雨不須帰張 志和漁歌子一首 癸未春 銭崇威

張志和(730?~810?)は唐代の道士であり詩人です。最初官途に就きましたが、左遷の憂き目に合ったことから官を辞し、在野で隠棲しました。彼は自らを「煙波釣徒」と称し、餌をつけない釣り糸を垂らしたといわれています。おそらく自由や隠遁の象徴である漁師に自身をなぞらえたのでしょう。粛宗皇帝(711~762)はそんな彼に使用人として男女各一人を与えたそうです。また、「煙波釣徒」という言葉は、隠遁者を表す意味で使われ続けています。

銭崇威(1870~1969 )作「張志和漁歌子詞行書軸」は、まさしく張志和の「煙波釣徒」としての生き様を詠った詞である「漁歌子」を揮毫した作品です。「桃の花」と「漁師」の組み合わせは「桃源郷」を彷彿させます。

 

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