陳夒龍(1857~1948)は、中国西南部の貴州貴陽の人です。若くして秀才となり、29した。順天府尹(首都北京の民間区画の行政長官)や、地方巡撫(省の長官)などを歴任しました。辛亥革命後も、請われて重職につきますが、晩年は上海に隠棲して書に親しみ、91歳の長寿を全うしました。
この作品は卆年の前年、90歳の作品ですが、まだまだ気力の衰えを見せない力強さが感じられます。用紙は縦148cmで条幅画仙紙よりも一回り大きな紙です。卒寿を迎えてなおこのような書が、書けるようでありたいものです。(漢字部 資料紹介 2014年8月号)
作品名 | 行書八言対聯 |
ふりがな | ぎょうしょはちごんついれん |
作者 | 陳夒龍 |
国名 | 中国 |
制作年 | 民国37年(1948) |
寸法 | 各148.5×37.5cm |
目録番号 | 5A-0807 |
釈文 | 山高水長足以流覧 春温秋粛帰於中 景秋大雅属 九十叟陳夒龍 |
陳夒龍(1857~1948)は、中国西南部の貴州貴陽の人です。若くして秀才となり、29した。順天府尹(首都北京の民間区画の行政長官)や、地方巡撫(省の長官)などを歴任しました。辛亥革命後も、請われて重職につきますが、晩年は上海に隠棲して書に親しみ、91歳の長寿を全うしました。
この作品は卆年の前年、90歳の作品ですが、まだまだ気力の衰えを見せない力強さが感じられます。用紙は縦148cmで条幅画仙紙よりも一回り大きな紙です。卒寿を迎えてなおこのような書が、書けるようでありたいものです。(漢字部 資料紹介 2014年8月号)