潘祖蔭(1830~1890)、字は伯寅。江蘇呉県(蘇州)の人。咸豊2年(1852)の進士。官は工部尚書に至る。当時北京で勢力を持った翁同龢(1830~1904)と並称され、また呉大澂(1835~1902)と同じく、清末を代表する大官金石学者の一人である。
本作は、「華光長老」こと、仲仁(生卒年不詳)、黄庭堅(1045~1105、字は魯直)、楊補之(1097~1169)の名前から分かるように、中国墨梅画の歴史について書かれたもの。仲仁は、北宋末期の禅宗画家で、華光長老と号し、中国墨梅家の祖とされる。楊補之は、南宋の画家で、逃禅老人と号し、仲仁の跡を継ぎ墨梅画の画法を確立させた人物である。実直な書風は潘祖蔭の特徴が良く表れている。
作品名 | 行書軸 |
ふりがな | ぎょうしょじく |
作者 | 潘祖蔭 |
国名 | 中国 |
制作年 | 清時代後期 |
寸法 | 164.5×37.2cm |
目録番号 | 4A-1429 |
釈文 | 華光長老以墨暈作 梅花為影然黄魯直観之曰
嬾寒春暁行孤山水邊 籬落間但欠香耳 楊補之墨
梅在清絶水仙無奇 自号逃禅老人 卓卿三兄大人属正潘祖蔭 |
潘祖蔭(1830~1890)、字は伯寅。江蘇呉県(蘇州)の人。咸豊2年(1852)の進士。官は工部尚書に至る。当時北京で勢力を持った翁同龢(1830~1904)と並称され、また呉大澂(1835~1902)と同じく、清末を代表する大官金石学者の一人である。
本作は、「華光長老」こと、仲仁(生卒年不詳)、黄庭堅(1045~1105、字は魯直)、楊補之(1097~1169)の名前から分かるように、中国墨梅画の歴史について書かれたもの。仲仁は、北宋末期の禅宗画家で、華光長老と号し、中国墨梅家の祖とされる。楊補之は、南宋の画家で、逃禅老人と号し、仲仁の跡を継ぎ墨梅画の画法を確立させた人物である。実直な書風は潘祖蔭の特徴が良く表れている。