観峰館ホームページ
【展覧会概要】
観峰館ではこの度、初の試みとして、インターネット上で行う「Web展覧会」を開催いたします。本展では、東アジアにおいて「書聖」と呼ばれる王羲之(303?~361?)の書を取り上げます。
王羲之の真筆は、一つたりとも現存しません。それにも拘わらず王羲之は「書聖」と称され、いつの時代も、東アジアにおいて「理想の書」として崇められ、追及されてきました。ただし、「書聖」の実体が不明である以上、我々は拓本や搨摹本などの「写し」によって、その本来の姿を想像するほかありません。つまり、「写し」を鑑賞することを通して、心の中に書聖・王羲之の像(イメージ)を作り上げることになります。
この像(イメージ)は、「写し」を作る際にも影響を及ぼします。すなわち、拓本や搨摹本などの「写し」にも、それを作った人が抱く書聖・王羲之の像(イメージ)が入り込んでくるのです。結果、「王羲之の書」と言われるものには、さまざまな姿・形が生じることとなります。さらに、それらを学ぶ=写すことを通して、また異なる書聖・王羲之の像(イメージ)が生産されていくのです。
本展では、観峰館が所蔵する王羲之の拓本と、中国近代の書人たちによる臨書作品を取り上げます。これらを鑑賞することを通して、王羲之がどのような像(イメージ)として伝えられてきたのか、また近代の書人たちがどのように王羲之の像(イメージ)を表現してきたのか、ご覧いただければ幸いです。
【第1章】飾らない理想の書―「蘭亭序」諸本の像(イメージ)―
「蘭亭序」は王羲之の代表作です。永和9年(353)、蘭亭(浙江省紹興市)で宴が行われたとき、集まった人々が詩を作りました。それらの詩をまとめた詩集に、王羲之が序文を書くこととなります。酒に酔いながら、興に乗じて筆をとり書きあげた序文の草稿が「蘭亭序」です。後日、清書しようと試みましたが、宴の時に書いたものを越えることが出来なかったため、草稿をそのまま序文として用いたと言われます。
本章では、「蘭亭序」に焦点を当て、その諸本がどのような像(イメージ)として伝承されてきたのかを見てみることとしましょう。
1.王羲之「蘭亭序」(定武本)溥儒跋、紙本墨拓、各頁33.1×16.8cm、観峰館
2.王羲之「蘭亭序」紙本墨拓、各頁23.4×12.9cm、観峰館
【第2章】学ばれる書聖の像(イメージ)―「十七帖」と「集王聖教序」―
王羲之の書は、唐時代(618~907)には、多くの人々にとっての「書の手本」となりました。唐の太宗(598~649)が王羲之の書を愛好した結果、王羲之の書と言われるものが内府に集められます。その中には、真筆も偽作も混じっていたことでしょう。そこで、書を見る目のある人物が、集めた書を選別することとなります。
この選別作業に、唐時代の好みが反映されないわけはありません。そして、今の我々が見ることの出来る王羲之の書は、唐時代までしか遡ることが出来ないのです。すなわち、唐時代に選別され、形成された書聖・王羲之の像(イメージ)が、現在でも書を学ぶ人々にとっての「古典」となっていると言えます。
本章では、唐時代に形成された王羲之の像(イメージ)の中から、現在でも書法学習の対象として用いられている「十七帖」と「集王聖教序」に焦点を当てて、ご紹介します。
3.王羲之「十七帖」紙本墨拓、各頁30.4×16.3cm、観峰館
4.王羲之「集王聖教序」紙本墨拓、各頁33.8×18.5cm、観峰館
【第3章】小楷の像(イメージ)―「楽毅論」と「孝女曹娥碑」―
ここまで紹介してきた王羲之の書は、行・草書体の作品でした。ですが、王羲之には楷書体の作品も残されています。とはいえ、それは、今の我々が想像する「きれいな楷書」とは、少し異なります。楷書体が完成するのは初唐の頃と言われていますが、王羲之の生きた時代は、それよりも200年以上も昔です。したがって、現在残されている王羲之の楷書作品は、少し古いスタイルの、小さな楷書(小楷)が主となります。
「王羲之の楷書」も行・草書体の作品同様、その真偽は不明です。とはいえ、「王羲之の書」として伝えられ、小楷の「古典」として尊重されてきた事実は疑いないものです。本章では、代表的な作例として「楽毅論」と「孝女曹娥碑 」を取り上げ、王羲之として伝えられた小楷の像(イメージ)を見てみましょう。
5.王羲之「楽毅論」紙本墨拓、各頁27.6×16.0cm、観峰館
6.王羲之「孝女曹娥碑」紙本墨拓、各頁30.5×17.3cm、観峰館
【第4章】書聖の像(イメージ)を表現する―近代書人たちの挑戦―
王羲之の像(イメージ)は、常に古典として位置づけられ、いつの時代も書を学ぶ人々に参照され、伝承されてきました。各人が心の中に抱く書聖・王羲之の像(イメージ)は、時代・地域によって、様々に表現されます。それがまた、あらたな像(イメージ)を生み出す源泉となり、書の歴史が紡がれていきます。
本章では、観峰館が所蔵する近代書人たちの作品を通して、彼らがどのように「書聖」の像(イメージ)に挑み、表現してきたのかを見てみましょう。
7.宋伯魯「草書臨王羲之成都城池・朱処仁帖軸」紙本墨書、82.5×41.0cm、中華民国11年(1922)、観峰館
8.李瑞清「草書臨王羲之節日・僕可帖軸」紙本墨書、148.4×39.3cm、清時代末期~中華民国初期頃、観峰館
【おみやげコーナー】
Web展覧会「書聖王羲之の像(イメージ)」をご覧いただき、ありがとうございました。観峰館では、所蔵している法帖のいくつかを、PDFデータにして公開しております。今回のWeb展覧会でご覧いただきました作品の一部も、無料でダウンロードすることが出来ます。よろしければ、日々の手習いにご活用ください。
法帖「集王聖教序」碑ー唐ー072(8.99MB)※本ページで紹介した「集王聖教序」とは別の法帖です。
【関連出版物】
【同時開催】
【メディア掲載情報】
次回展予告(2021年2月6日からの冬季企画展のご案内)
【主要参考文献】
神田喜一郎・田中親美監修『書道全集』第4巻、平凡社、1965年
観峰館学芸部「観峰館収蔵品目録(Ⅵ)―法帖(1)―」『観峰館紀要』第15号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2020年
西川寧「王右軍研究の草案」『西川寧著作集』第3巻、二玄社、1991年
根來孝明「李瑞清の書法-観峰館所蔵作品の分析を通して-」『観峰館紀要』第14号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2019年
根來孝明「宋伯魯の臨書―中華民国初期における王羲之書法の一様相―」『観峰館紀要』第15号、公益財団法人日本習字教育財団観峰館、2020年