何紹祺(1801~1868)は、清時代の著名な書家・何紹基(1799~1873)の2歳年下の弟です。父の何凌漢(1772~1840)は家が貧しかったのですが、勉学に励み進士及第し、最後は戸部尚書(財務大臣)にまで昇進しました。もともと学問をする「読書人」の家系で、兄弟とも顔真卿(709~785)の書法「顔法」を基本としていました。
この巻子は「争坐位帖」全臨のあと、「大唐中興頌」が書かれた全長10mを超える長い作品です(図版は巻頭部分)。
何紹祺(1801~1868)は、清時代の著名な書家・何紹基(1799~1873)の2歳年下の弟です。父の何凌漢(1772~1840)は家が貧しかったのですが、勉学に励み進士及第し、最後は戸部尚書(財務大臣)にまで昇進しました。もともと学問をする「読書人」の家系で、兄弟とも顔真卿(709~785)の書法「顔法」を基本としていました。
この巻子は「争坐位帖」全臨のあと、「大唐中興頌」が書かれた全長10mを超える長い作品です(図版は巻頭部分)。
作品名 | 臨顔真卿巻 |
ふりがな | りんがんしんけいかん |
作者 | 何紹祺 |
国名 | 中国 |
制作年 | 清時代後期 道光29年(1849) |
寸法 | 33.2×1212.0cm |
目録番号 | 巻-書-015 |
何紹祺(1801~1868)は、清時代の著名な書家・何紹基(1799~1873)の2歳年下の弟です。父の何凌漢(1772~1840)は家が貧しかったのですが、勉学に励み進士及第し、最後は戸部尚書(財務大臣)にまで昇進しました。もともと学問をする「読書人」の家系で、兄弟とも顔真卿(709~785)の書法「顔法」を基本としていました。
この巻子は「争坐位帖」全臨のあと、「大唐中興頌」が書かれた全長10mを超える長い作品です(図版は巻頭部分)。