おもちゃ千種

おもちゃちぐさ
     

 おもちゃ絵画集『おもちゃ千種』は、大阪・堺出身の川崎巨泉(1877~1942)が制作・出版しました。巨泉は十三歳より中井芳瀧に浮世絵を学び、独立して図案家に転身します。その頃より郷土玩具に魅せられた巨泉は、自らを「人魚洞」と称し、玩具のデザイン・制作、「おもちゃ絵」の制作・販売などで活躍しました。彼の貴重な画帖や図譜は、現在、大阪の中ノ島図書館に収蔵されています。
 『おもちゃ千種』は、大正9年(1920)頃より自主制作されたもので、毎月十五枚を描いて希望者へと頒布しました。自ら木版刷りに彩色を施し、全十集の完成に約二年の歳月を費やしました。彼をして「もう二度と作ることは出来ない」と言わしめたもので、巨泉の一組を含め、わずか十八組しか制作されませんでした。その中の一組が、奇跡的に当館に収蔵されたという訳です。
 その序文には、おもちゃを「人間と密接に関係を持って居るもの」、「人間を作る第二の親」と評しています。確かに、作品の一つ一つからはおもちゃ特有の温かさが伝わってきます。

                                           
作品名おもちゃ千種
ふりがなおもちゃちぐさ
作者川崎巨泉
国名日本
制作年大正9~11年(1920~1922)
寸法31.6×22.5cm
目録番号WSO-0101

 おもちゃ絵画集『おもちゃ千種』は、大阪・堺出身の川崎巨泉(1877~1942)が制作・出版しました。巨泉は十三歳より中井芳瀧に浮世絵を学び、独立して図案家に転身します。その頃より郷土玩具に魅せられた巨泉は、自らを「人魚洞」と称し、玩具のデザイン・制作、「おもちゃ絵」の制作・販売などで活躍しました。彼の貴重な画帖や図譜は、現在、大阪の中ノ島図書館に収蔵されています。
 『おもちゃ千種』は、大正9年(1920)頃より自主制作されたもので、毎月十五枚を描いて希望者へと頒布しました。自ら木版刷りに彩色を施し、全十集の完成に約二年の歳月を費やしました。彼をして「もう二度と作ることは出来ない」と言わしめたもので、巨泉の一組を含め、わずか十八組しか制作されませんでした。その中の一組が、奇跡的に当館に収蔵されたという訳です。
 その序文には、おもちゃを「人間と密接に関係を持って居るもの」、「人間を作る第二の親」と評しています。確かに、作品の一つ一つからはおもちゃ特有の温かさが伝わってきます。

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