篆書臨毛公鼎四屏

てんしょりんもうこうていしへい
     

本作は、西周時代(前1045~前771)末頃に制作されたとされる青銅器《毛公鼎》に鋳込まれた銘文を臨書したものです。

《毛公鼎》は陝西省の岐山県で 1850年頃に出土したといわれる青銅器で、長文の銘文をもつものとして有名です。現在は台北の国立故宮博物院が収蔵しています。

呉大澂(1835~1902)による臨書作品を見ると、一貫して肥痩のない線が用いられています。線の末端には時折カスレが生じますが、筆圧や筆速を保ったまま運筆しているため、過剰に動きを感じさせるものではなく、紙面全体が穏やかにまとめられています。

《毛公鼎》の拓本を見ると、線にはやや肥痩が生じています。このことから、呉大澂は手本とした《毛公鼎》の線を均質なものへと改変して臨書しているようです。

作者の呉大澂は清時代後期の官僚です。清末を代表する金石学者であり、書や篆刻でも名を知られます。落款も本文と同じく金文の書体で書いており、古代文字に関する造詣の深さを示しています。

                                           
作品名篆書臨毛公鼎四屏
ふりがなてんしょりんもうこうていしへい
作者呉大澂
国名中国
制作年清時代後期 光緒16年(1890)
寸法各173.9×44.2cm
目録番号4A-0166

本作は、西周時代(前1045~前771)末頃に制作されたとされる青銅器《毛公鼎》に鋳込まれた銘文を臨書したものです。

《毛公鼎》は陝西省の岐山県で 1850年頃に出土したといわれる青銅器で、長文の銘文をもつものとして有名です。現在は台北の国立故宮博物院が収蔵しています。

呉大澂(1835~1902)による臨書作品を見ると、一貫して肥痩のない線が用いられています。線の末端には時折カスレが生じますが、筆圧や筆速を保ったまま運筆しているため、過剰に動きを感じさせるものではなく、紙面全体が穏やかにまとめられています。

《毛公鼎》の拓本を見ると、線にはやや肥痩が生じています。このことから、呉大澂は手本とした《毛公鼎》の線を均質なものへと改変して臨書しているようです。

作者の呉大澂は清時代後期の官僚です。清末を代表する金石学者であり、書や篆刻でも名を知られます。落款も本文と同じく金文の書体で書いており、古代文字に関する造詣の深さを示しています。

KAMPO MUSEUM IN SHIGA ©︎ All Rights Reserved