山岡鉄舟は、名を高歩(たかゆき)、通称は鉄太郎という。江戸(東京都)の人。剣を千葉周作(ちば しゅうさく)の門に学び、戊辰戦争では勝 海舟の使者として西郷隆盛に遭い、江戸開城のための勝・西郷会談の道を開いた。
本作は、臨済宗の寺院・国泰寺の住持であった越叟義格(えっそう ぎかく)(1837~1884)の求めにより、同寺復興のために揮毫した千双屏風の一つ。その内容は、唐代の禅僧・寒山の『寒山詩』に収録される五言律詩を適宜選んだもの。鉄舟らしい、重厚でありながら洒脱な草書が魅力の作品である。
作品名 | 草書六曲屏風 |
ふりがな | そうしょろっきょくびょうぶ |
作者 | 山岡鉄舟 |
国名 | 日本 |
制作年 | 明治12~14年(1879~1881) |
寸法 | 本紙各138.0×54.0cm |
目録番号 | 日-屏-008-2 |
山岡鉄舟は、名を高歩(たかゆき)、通称は鉄太郎という。江戸(東京都)の人。剣を千葉周作(ちば しゅうさく)の門に学び、戊辰戦争では勝 海舟の使者として西郷隆盛に遭い、江戸開城のための勝・西郷会談の道を開いた。
本作は、臨済宗の寺院・国泰寺の住持であった越叟義格(えっそう ぎかく)(1837~1884)の求めにより、同寺復興のために揮毫した千双屏風の一つ。その内容は、唐代の禅僧・寒山の『寒山詩』に収録される五言律詩を適宜選んだもの。鉄舟らしい、重厚でありながら洒脱な草書が魅力の作品である。