行書七言対聯

趙光(1797~1865)が生きた時代は、清王朝が緩やかに衰退し始めたころです。書学の分野では金石学の研究成果を踏まえた新たな展開として、阮元(1764~1849)の南北書派論や包世臣(1775~1855)の実践理論など […]

       

行書臨枯樹賦軸

「枯樹賦」は貞観4年(630年)、褚遂良35歳のときの書で、褚書中、書写年代の最も早い優れた行書である。『枯樹賦』本文は、庾信が作った賦で、褚遂良の書のそれは、古くは徐浩の『古迹記』に見える。この『古迹記』の文や書風から […]

       

楷書七言対聯

張百熙(1847~1907)は、清朝後期の政治家。字を野秋といい、湖南省長沙の人。同治13年(1874)の進士。潘祖蔭(1830~1890)、李鴻章(1823~1901)らに重く用いられ、日清戦争以後は変法強国をとなえ、 […]

       

行書臨顔真卿争坐位帖軸

譚組雲(1876~1949)は、原名を徳鍾、号を高譚といい、字の組雲で通る。江西南昌の人。のち江蘇海安に移る。貧しい家に生まれ、刻苦して書を学ぶ。上海に居住し、書を売って生計を立てた。その書は、王羲之(303~361)・ […]

       

行書五言対聯

楊了公(1864~1929)は、原名を錫章、字を至文といい、号の了公で通る。江蘇松江の人。清末、同盟会に参加して辛亥革命に身を投じたが、袁世凱(1859~1916)討伐に失敗すると上海租界に居住し、書を売って生計を立てた […]

       

篆書六言対聯

呉秉権(1832~1881)「篆書六言対聯」は、第一聯に考亭(=朱熹、1130~1200、朱子学の祖)が半日静かに端坐して心を落ち着け、半日学問に没頭した故事を、第二聯に欧陽脩(1007~1072)「秋声賦」の冒頭を引用 […]

       

行書横披

胡遠(1823~1886)は、字を公寿、号を痩鶏といい、江蘇華亭の人。詩・書・画ともに善くし、書は顔真卿(709~785)を学んだ。上海で活躍し、特に画で知られた。 本作は、「繍詩閣」という建物の名を揮毫したもの。これを […]

       

仏手硯(成化年製銘)

仏手柑が彫刻された硯で、裏面に「成化二年端渓石坑」と刻まれている。文字通り、明時代・成化二年(1466)製と考えることも出来るが、清時代後期頃までの作品と解しておきたい。

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