出土例あり。『魏書』裴延㑺伝に「詔慶孫為募人別将、招率郷豪、得戦士数千人以封之」と見えるが、あるいは兵士の募集にかかわる官職か。
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文字の残欠部分と、すでに発見されている封泥の官職名とを勘案すれば、泰匠丞印であろう。秦代、「泰」は「太」・「大」と通じた。『漢書』百官公卿表に「将作少府、秦官、掌治宮室、左右中候。景帝中六年更名将作大匠」と見えるが、ある […]
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出土例あり。『漢書』百官公卿表では、秦官に典客の属官として郡邸があり、長(長官)・丞(次官)が置かれたとある。顔師古は「主諸郡之邸在京師者也」と注する。ただし、郡邸が左右に分かれていたかについては記載なし。