列女百人一首(全)

水谷緑亭(1785~1858)の著書で、百人一首にならい、古より聞こえる貞女列婦百名の肖像と百首の和歌を記した読本である。冒頭の挿絵は、著名な葛飾北斎(1760~1849)が手掛け、人物の肖像は、歌川豊国(1769~18 […]

       

英雄百人一首(全)

序文に拠ると、江戸の安寧の世に忘れ去られようとする武士たちの和歌のうち、字数の定まった和歌のみを集め、百名の英雄の和歌と肖像とを集めたもの。​ 冒頭は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)よりはじまり、「新百人一首」を撰した常徳 […]

       

小倉百人一首

小野鵞堂(1862~1922)は、明治大正から時代を代表する仮名の書家である。斯華会(このはなかい)を起こし、通信教育によって鵞堂流を広めたという。当館の創立者・原田観峰も幼少期、斯華会に所属していたと、後に回顧している […]

       

百人一首

幕末の三筆のひとり、巻菱湖(1777~1843)が書いた百人一首で、江戸時代以降に流行した、折帖・石摺本の装丁である。​ 菱湖の書は、手習いに適した書風として、その門人は一時、三千人に膨れ上がったという伝説がある。また、 […]

       

東洲先生書百人一首(全)

京都出身の儒学者である平沢旭山(1733~1791)が書いた、百人一首の石摺本。​ 跋は平沢自身が書いたものを、佳儀堂こと稲垣有儀が書き写している。というのも、天明8年(1788)秋頃、平沢は病を患っており、決して十分な […]

       

百人一首

折帖に、百人一首やいろは四十七文字が書かれた肉筆の作品。書者については不明であるが、江戸末期の万延元年十一月に書かれたとある。​ このような折帖の手本の場合、師匠が一首ごとに弟子に書きあたえ、弟子がその書を習熟すると、次 […]

       

百人一首

百人一首は、読み物とてだけではなく、手習いの手本としても、利用された。この作品は、肉筆で書かれた百人一首で、手習いの成果として、後に一冊にまとめられたものであろう。​ 最終頁には「天明四載辰十一月吉日 福平氏長員書 写之 […]

       

千歳百人一首(全)

書名は異なるが、「永寿百人一首」と同じ内容で、和歌や挿絵からも分かるように、同じ版木を使用している。「永寿」は群玉堂の出版であることが分かるが、この作品は版元も不明である。​ 末尾の順徳院に落款があり、「木風翁敬画」と書 […]

       

増 百人一首玉椿(全)

百人一首の他、女大学(今川になそらへて自をいましむ制詞条々)などを載せる。細目は、表紙に詳しい。​ 書は、清吟堂・杉邉水谷(生卒年不詳)が筆耕している。江戸時代、「堂」と付く号を持つ筆耕者は、寺子屋師匠として、子弟の教育 […]

       

永寿百人一首(全)

大阪の書肆(書店)・群玉堂の岡田茂兵衛が出版した、百人一首の書物である。​同じ内容のものは、江戸時代に数多く出版されており、その人気ぶりがうかがえるとともに、未発見の作品もまだまだ多い。​ この作品も、管見の限りでは「国 […]

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